私が汚部屋のレベル3、つまり「床が見えず獣道がある状態」に陥ったのは、仕事のストレスが限界に達した三年前のことでした。最初は少し忙しくてゴミを出しそびれただけだったのが、気がつけば足元にはコンビニの容器やペットボトルが層を成し、ベッドに辿り着くためにはゴミの山を慎重に跨がなければならない惨状になっていました。当時の私は、部屋の汚さを自覚してはいましたが、扉を閉めてしまえば誰にも迷惑をかけていないという言い訳で自分を欺いていました。しかし、レベル3の生活は確実に私の心を蝕んでいきました。朝起きても清々しさはなく、埃っぽさで喉は常に痛み、何より「自分はこんなに汚い場所にふさわしい人間なのだ」という自己嫌悪が、生きる活力を奪っていきました。ある日、失くしたと思っていた大切な書類が、お弁当の食べ残しの下からカビだらけで出てきたとき、私は不覚にも涙がこぼれました。これが私の人生なのか、と。その瞬間、私は恥を忍んで友人に助けを求めました。友人は私の部屋を見て絶句していましたが、責めることなく一緒にゴミ袋を広げてくれました。数日間かけてゴミを運び出し、久しぶりに現れたフローリングを雑巾で磨いたとき、私は自分がどれほど狭い世界に閉じ込められていたのかを痛感しました。レベル3は、まだ自力、あるいは親しい人の助けで戻れる最後の境界線だと思います。レベル4になっていたら、私はおそらく誰にも相談できず、そのままゴミの中に埋もれて消えていたでしょう。床が見えるようになった今、私は毎日ゴミ袋を手に取り、かつての地獄には二度と戻らないと誓っています。清潔な部屋で飲む一杯のコーヒーが、これほどまでに美味しいものだとは、あの暗闇の中では思いもしませんでした。ゴミの下に隠されていた本当の自分の声に耳を傾け、トラウマという呪縛から解放された時、部屋はもはやシェルターとしての機能を必要とせず、光と風の通る、真に安らげる空間へと生まれ変わっていくのです。部屋の汚れのレベルは、そのまま私の自尊心のバロメーターだったのです。