娘の部屋のドアを開けるたびに、私の心には深い溜息が漏れます。机の上には何層にも重なったプリント類、その上には飲みかけのコップが危ういバランスで置かれ、床には脱ぎ捨てられたタイツやパーカーがまるで生き物のように広がっています。なぜ、何度言っても片付けられないのか。その問いに対する答えを探すうちに、私は「片付けられない」という現象の裏にある、彼女の脳の特性について学ぶことになりました。世の中には、どれほど努力しても、モノを整理整頓することが極端に苦手な人々がいます。それは決してだらしなさや性格の不一致ではなく、脳の実行機能と呼ばれる、情報を整理したり、計画を立てたりする部分の働きの違いによるものなのです。娘の場合、一つのことに集中すると周りが見えなくなってしまったり、逆に多くの情報が一度に入ってくるとパニックになって優先順位が付けられなくなったりする傾向がありました。彼女にとって、散らかった部屋を片付けるという作業は、まるで巨大なパズルをヒントなしで解かされているような、気が遠くなるほど困難なタスクだったのです。このことに気づいてから、私の娘への接し方は劇的に変わりました。それまでは「なぜできないの!」と人格を否定するかのような言葉を投げかけてしまっていましたが、今では「どうすればあなたが楽に片付けられるかな?」と、具体的な解決策を一緒に探るパートナーになろうと努めています。例えば、モノに住所(定位置)を決める際も、私の感覚で決めるのではなく、彼女が自然にモノを置いてしまう場所に収納場所を作りました。また、やるべきことを一度に伝えず、「まずはゴミ箱を空にしよう」という一点だけに集中させるようにしました。彼女の特性を理解するということは、彼女を「普通」の枠に無理やり当てはめることではなく、彼女が彼女のままで生きやすくするための方法を共に考える旅のようなものです。汚い部屋は、その旅の出発点に過ぎません。掃除を通じて、彼女の得意なこと、苦手なこと、そして彼女が大切にしている価値観を深く知ることができました。今でも部屋が完璧に綺麗なわけではありませんが、以前のような険悪な空気は消え、失敗しても「次はどうしようか」と笑い合える関係になりました。親の役割は、部屋を綺麗にさせることそのものではなく、子供が自分の特性を理解し、それと上手に付き合いながら自信を持って生きていけるようにサポートすることなのだと、この散らかった部屋が教えてくれたのです。