久しぶりに帰省した実家の玄関を開けた瞬間、私は自分の目を疑いました。そこには、かつての温かい家庭の面影などは微塵もなく、ただ圧倒的なゴミの山がそびえ立っていました。玄関から廊下、リビングに至るまで、文字通り天井まで物が詰め込まれており、父はゴミの山の上で、天井を背にするようにして丸まって座っていました。テレビドラマの中の話だと思っていたことが、自分の身内に起きたという事実を受け入れるのに、数分間その場で立ち尽くすしかありませんでした。なぜ、こんなことになるまで放っておいたのかという怒りと、何も気づかなかった自分への不甲斐なさが入り混じり、私はその場で泣き崩れました。天井までゴミが溜まった実家は、もはや「家」としての機能を完全に失っていました。台所は使えず、風呂場は物置になり、父はカセットコンロ一つで食事を済ませていたようです。天井を這うようにして移動する父の姿は、まるで巣穴で暮らす動物のようでした。近所の人に聞けば、何年も前から家の中に荷物が運び込まれ続け、最近では窓の隙間からゴミがはみ出しているのが見えていたと言います。私はすぐに専門の業者を手配しましたが、見積もりに来た担当者の方は、実家の惨状を見ても驚くことなく、「これは大変でしたが、必ず元に戻せますよ」と力強く言ってくれました。作業は一週間にも及びました。天井付近から順に運び出されるのは、父が長年溜め込んできた新聞紙、空き瓶、そして何千着もの古い衣類でした。ゴミの下から、私が子供の頃に描いた似顔絵が出てきたとき、業者の方がそれを大切に拭いて私に手渡してくれました。その瞬間、私は父を責める気持ちが消え、父の孤独に寄り添えなかったことを深く反省しました。天井までゴミが溜まった実家を片付けることは、親の人生を否定することではなく、親を孤独死という最悪の結末から救い出すことでした。清掃が終わった後の実家は、驚くほど広く、静かでした。父は、久しぶりに現れた清潔な畳の上で、足を伸ばして眠ることができました。天井までゴミが溜まってしまった背景には、必ず深い理由があります。もし、あなたの身内が同じ状況にあるなら、どうか責めるのではなく、プロの助けを借りて、まずは「天井」を親に見せてあげてください。物理的な空間が開けることは、心の閉塞感を打ち破る、唯一のきっかけになるのですから。