ゴミ屋敷と聞くと、多くの人は持ち主の性格的な問題、例えば「だらしなさ」や「無気力」といった言葉を思い浮かべるかもしれません。しかし、その背景には、現代社会ならではの深刻な心理状態、いわゆる「判断疲れ」が潜んでいることがあります。情報とモノが洪水のように押し寄せる現代において、私たちの脳は常に選択と決断を迫られ、静かに疲弊しているのです。 片付けという行為は、私たちが想像する以上に高度な判断力の連続です。目の前にある一つの物に対して、「これは必要か、不要か」「もし必要なら、どこに収納すべきか」「不要なら、どうやって処分すべきか」。この思考プロセスを、部屋にある無数の物の分だけ繰り返さなければなりません。これは、脳にとって非常にエネルギーを消費する作業なのです。 現代人の脳は、日常生活のあらゆる場面で既に意思決定のエネルギーを使い果たしています。朝起きてからどの服を着るか、ランチに何を食べるか、スマートフォンに届く無数の通知にどう対応するか。常に情報に晒され、選択を迫られることで、私たちの判断力、いわゆる「意思決定の筋肉」は、一日の終わりにはすっかり疲弊してしまいます。 この脳が疲弊しきった状態で家に帰り、散らかった部屋を前にしたとき、何が起こるでしょうか。脳はこれ以上の複雑な判断をすることを拒否し、最もエネルギーを使わない楽な選択肢、すなわち「判断の先送り」を選びます。つまり、「捨てるか残すか」を考えること自体を放棄し、「とりあえずここに置いておこう」という行動を繰り返してしまうのです。これが、ゴミ屋シキを生み出す「決定麻痺」と呼ばれる状態です。一つ一つの判断を先送りにした結果が、気づいたときには部屋全体を埋め尽くすゴミの山となって現れるのです。 ゴミ屋敷は、本人の怠慢の結果ではなく、情報過多社会の中で判断するエネルギーを使い果たしてしまった心の悲鳴なのかもしれません。この問題と向き合うには、まず脳を休ませ、判断の基準をシンプルにすることから始める必要があるのです。
ゴミ屋敷は判断疲れという現代病の表れ