ゴミ屋敷を作り出してしまう心理の根底には、過去への執着や現在の無気力だけでなく、未来に対する漠然とした、しかし非常に強い「不安」が横たわっていることがあります。この先どうなるか分からない、何かあったときに困るのではないか。そうした見えない未来への恐怖が、物を手放すという決断を鈍らせ、「いつか使うかもしれない」という呪いの言葉となって、部屋の中に物を積み上げさせていくのです。 この心理状態に陥っている人にとって、物は未来の不測の事態に備えるための保険のようなものです。例えば、大量のトイレットペーパーや洗剤のストックは、経済的な困窮や災害への備え。今は着ないけれどまだ綺麗な衣類は、いつか痩せたら着られるかもしれない、あるいは誰かに譲る機会があるかもしれないという未来への可能性。壊れた家電製品でさえ、「部品だけなら何かの役に立つかもしれない」という理由で保管されます。 一つ一つの物を手放すという行為は、その物が象徴していた「未来の可能性」を捨てることと同義に感じられます。それを捨てることは、まるで未来の自分が困窮する姿を確定させてしまうような、縁起の悪い行為に思えてしまうのです。そのため、「持っていれば安心」という思考が働き、たとえそれが生活空間を圧迫し、現在の生活の質を著しく低下させていたとしても、手放すことができなくなります。 この未来への不安は、特に社会的に孤立していたり、経済的な基盤が不安定であったりする場合に、より顕著になります。いざという時に頼れる人がいない、助けてくれる制度を知らないという状況は、自分の力だけで未来のあらゆるリスクに備えなければならないという強迫観念を生み出します。その結果、物は唯一の頼れる仲間となり、部屋は不安から身を守るためのバリケードと化していくのです。 この問題の解決には、単に物の要不要を判断させるだけでは不十分です。本人が抱える未来への具体的な不安は何かを丁寧に聞き出し、公的な支援制度の情報を提供するなど、社会的なセーフティネットとつなげる支援が不可欠です。未来への安心感を得られて初めて、彼らは過去の遺物である物を手放し、現在の生活を取り戻す一歩を踏み出すことができるのです。
ゴミ屋敷は未来への不安が積み上げたバリケード