一月の凍てつくような夜、仕事から帰ってシャワーを浴びようとした私の指先に触れたのは、どこまでも冷たい水の感触でした。給湯器のリモコンには赤く点滅するエラー数字。その瞬間、私の心に去来したのは、お湯が使えない不便さよりも「業者が来る」という絶望的な恐怖でした。私の部屋は、いわゆる汚部屋です。玄関には履ききれないほどの靴とゴミ袋が山積みになり、廊下には雑誌と空き缶が溢れ、キッチンは数ヶ月洗っていない鍋が層をなしています。これを見られるくらいなら、毎日銭湯へ通えばいい、あるいは水で体を拭くだけで耐え抜こうと、私は本気で思いました。しかし、二日、三日とお湯のない生活を続けるうちに、精神が徐々に崩壊していきました。真冬の寒さの中で、台所でお湯も使えず手が悴む痛み、そして清潔を保てないことへの惨めさは、汚部屋を晒す恥ずかしさを凌駕していきました。私は震える手で、給湯器交換の広告を握りしめました。そこには「秘密厳守」「どんな現場も対応」という力強い言葉が並んでいました。私は意を決して、夜通しで片付けを始めました。すべてを片付けるのは無理でも、業者が歩く場所だけは死守しようと、ゴミを寝室に放り込み、キッチンのシンクに溜まった食器をゴミ袋に入れてベランダへ出しました。浴室の洗い場に置いてあった不用品もすべて撤去しました。作業当日、やってきた若い作業員の方は、私の不自然なほどガランとした廊下と、その両脇に積み上げられたゴミの壁を見て、一瞬だけ足を止めましたが、すぐに「失礼します」と爽やかに言って作業に入りました。リモコン交換の際、彼はキッチンの隅にある山には一切触れず、ただ新しいパネルを設置し、動作確認を行ってくれました。一時間後、蛇口から湯気が立ち上るのを見たとき、私は自分がどれほど愚かだったかを悟りました。私はゴミという壁を作って、自分自身の健康と文化的な生活を拒絶していたのです。新しい給湯器がもたらしてくれたのは、単なる熱いお湯だけではありませんでした。それは「自分を清潔に保つ権利」であり「普通の生活に戻る勇気」でした。あの日以来、私は少しずつですが、部屋を磨き続けています。お湯が出る。それだけのことが、どれほど人間の心を温め、再生させてくれるか。冬の冷たい水に教えられたこの教訓を、私は一生忘れることはないでしょう。
お風呂に入れない絶望と汚部屋を天秤にかけた冬の記録